弔辞を依頼されたら

弔辞は、故人にささげるお別れの言葉です。
故人の死を悼み、功績をたたえ、冥福を祈ります。
弔辞を依頼されたときは引き受けるのが礼儀です。
ふつう、二、三人が依頼されますから、ほかの方の立場を陥認し、自分が選ばれた立場を推しはかつて内容を決めます。
長さは通常三分前後ですが、あらかじめ持ち時間を確認し、

一分間250字を目安に原稿を書くとよいでしょう。

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具体的なエピソードで功績、人柄を語る

内容は、具体的なエピソードを過して人柄や功績を語り、故人を失った悲しみを表現するのが一般的です。
いくつかの注意点があります。

●文章は簡潔にむずかしい言葉や美辞麗句は避けます。

●「死」の生々しい表現を避ける「死去」は「逝去」「不帰の人となる」などです 。
●忌み言葉は避ける。

●遺族が不快な思いをする話はタブー。

故人の失敗談などはとり上げないことです。

●悲しみの表現は控えめに

大げさな表現より、淡々とした一言葉のほうが、かえって重みのある弔辞になります。

●遺族への思いやりも忘れずに

遺族の嘆きの深さに心を寄せ、特に幼児の死ゃ、急死などにはこまやかな心づかいが必要です。

●ていねいに書く

弔辞は、朗読後は霊前にささげ 、喪家に保存されますから、誤字脱字がないように注意します。

 

同僚に捧げる弔辞例

辻大輔さん。
いや、ダイさん。
いつもどおりにそう呼ばせてもらいます。
君がもう戻ってこられないことに、ほんとうに驚いている。
人一倍がんばり屋で、豪快だった君は、「タフだけがおれのとりえだ」と、どんな厳しい状況も、いつも笑って乗り越えていたから。
ご遺族の皆様の悲しみもいかばかりかと思う。

ダイさんとは名古屋支社で机を並べて以来、いっしょに管理部門を担ってきた。

受け持ち区域は違ったが、現場で働く人たちの位康、とりわけメンタルヘルスを重視する考えは共通していたね。

僕たちは酒を酌み交わしながら、理想の職場環境について語り合ったものだった。

君が企画立案した、社員のサポートネットワーク構想が形になろうとするころ、君は病に倒れてしまった。
君のライフワークだったから、さぞ、怖しかっただろう。
「なに、ちょっと疲れがたまっただけだ。すぐに戻るさ」と、入院中も仕事のことばかり口にしていたね。
僕も、「働きづめだった君にはいい休息だ」ぐらいに考えていた。
君がすぐに復帰すると思っていたから。

君はつらいとも苦しいとも言わなかった。
見抑いに行った僕に「もう間もなく退院だから、心配するな」と笑顔で言っていたね。
タフなのは、体でなく、精神力のことだったのだと、僕はあとで気づいたよ。
君、が、自分の病気が重いのを自覚していたと、奥さんの真奈美さんから聞いたときにね。
最後まで、君は、ほんとうにがんばり屋だったね。

ダイさん。
真奈美さんやひとり息子の繁君にはできるだけのことをさせてもらうよ。
プロジェクトも、がんばって進めるから見守っていてほしい。
長い問、お疲れさまでした。
さようなら、ダイさん。

同僚に捧げる弔辞例2

由紀子さん。
北村さん。
いくら呼んでも、あなたの笑顔はもう、一成らないのですね。
私が呉勤してほどなく、産休明けであなたが復帰してきました。
席、が隣同士で、私たちは少しずつ親しくなりましたね。
同い年で似たような仕事をしていても、要であり、聞であるあなたと、娘でいる私とは、こんなにも遣うものかと、私は目の党める思いでした。
ほんとうに、由記チさん、あなたはスーパーレディだったのですよ。
残業ができないから朝早く出社すること。
夕飯を作り、洗濯し、ノ丁どもを寝かせたあとで持ち帰った仕中を自室で広げること。
私には信じられないこと、ばかりでした。
それでも、「みんなが協力してくれるから仕事をつづけられて幸せ」と、感謝するあなたに私は感動したものです。
そんなあなたがこんなふうに突然、去ってしまうなんて。
仕事も家庭も志半ばで、お子さんを泊していくこと、さぞ、つらかったでしょう。
でも、由紀子さん。
あなたは十分にがんばったと私は思います。
どうか、ゆっくりお休みください。
さようなら。

 

上司に捧げる弔辞例

故・上原実本部長のご霊別に、営業第一部を代表して哀悼の辞を述べさせていただきます。
本部長の急病の知らせが社に入ったのはつい週間前でした。
いつも元気でエネルギッシュな方でしたから、よほどお疲れがたまったのだろうという程度に軽く考えておりました。
まさか、このようなことになろうとは。。。

突然のご計報に、部員一向、ただぼう然とし、悲u民に暮れております。
本部長は、当社最大の取引先であるP商事との道を切り開かれた方で、卓抜したアイディアと粘り強さを備えた凄腕の営業マンとして信頼されていました。
一方、部下からは畏怖と敬愛をもって「カミナリおやじ」と呼ばれていました。
私がようやく営業としてひとり立ちしたころのことです。
何度訪問しても成果が上がらず、やる気をなくした私に、本部長の特大のカミナリが落ちたのです。
「君は、押しかけられるほうの身になって考えたことがあるか。追い返されるのは当然だ。営業は辛抱強く。積み重ねる努力をしないでどうする」。
本部長の叱責は、声は大きいのですが、目には思いやりがあふれでいました。
おかげで私は気をとり直して仕事に励むことができました。
今の私は、本部長のご指導あっての私です。
われわれを信頼して木気で怒ってくださった本部長は、もう、いないのですね。
しかし、今まで教えていただいた営業の精神とノウハウを生かし、本部長が掲げられた目標を達成することがご恩に報いることと考え、これからも努力していきたいと思います。
上原本部長、どうぞ安らかにご永眠ください。

 

部下に捧げる弔辞例

有田君。
君に、こんな形でお別れの言葉を述べることになろうとは。
復帰されるのを心待ちにしていましたのに、いまだに信じられません。
入社してすぐに君は私の諜に配属になりました。
あれから四年。
純朴な好青年という感じの君が、厳しい競争社会を君なりのやり方で乗りきっていくさまを、私は見守ってきました。
地道に不断の努力をする君の姿に、いつしか、だれもが一回おくようになりましたね。
特に、君の勉強ぶりには顕が下がりました。
帰り道で偶然、いっしょになったときのことです。
君が社の資料図書を持っていたので尋ねると、すでに百附近く読破しているというではありませんか。
なるほど、君が自に見えて成長した陰には、そんな努力があったのかと、心から感心しました。
そんな君が病魔に襲われ、帰らぬ人となるとは。
享年二十六歳という短い人生でしたが、有田君が陛秀な部下、だったことをいつまでも諮問りに思っています。
どうぞ、安らかにお眠りください。

 

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